事例を基に学ぶ!乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーション
2020年9月、改正薬剤師法並びに薬機法が施行され、服薬期間中の継続的な患者フォローアップが薬剤師に義務化されました。そして2022年度の診療報酬改定では、患者フォローアップに関わる報酬も改定されました。
特に外来の経口抗がん薬治療においては、患者さん自身が服薬を管理するため、治療効果低下や副作用重篤化を防ぐためにアドヒアランスの維持が重要であることから、薬剤師の積極的な関与が求められています。
今回様々な背景を持つ乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーションを改めて考え、学ぶためのきっかけとして、監修者が経験した事例を基に、個々の患者さんの抱える課題、薬剤師だからできること、精神腫瘍医のアドバイスを掲載しました。患者さんと円滑なコミュニケーションを行うための一助となれば幸いです。
企画・監修:
昭和大学 薬学部 病院薬剤学講座 / 昭和大学横浜市北部病院 薬剤部 縄田 修一 先生
国立がん研究センター東病院 薬剤部 川澄 賢司 先生
相澤病院 がん集学治療センター化学療法科 中村 久美 先生
総合監修:
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科 先端医療開発センター/精神腫瘍学開発分野 小川 朝生 先生
治療開始後しばらくしてから関節痛やこわばり(左肘、左膝の痛みが強い)が生じるようになった。衣服を着替える際や階段を上る際に、何度も動作を中断するほどの痛みがあり、外出時には歩きにくさも感じている。Aさんはこの関節痛は年齢のせいだと思っており、また主治医への遠慮もあって生活に支障があることを訴えてはいない。
術後内分泌療法を受けたくないと訴える患者さん
息子が保育園の時、母親を亡くした園児が「なぜ、自分には母親がいないのか」と泣いている姿を目撃したことがある。Bさんは「自分も子供を残して死ぬかもしれない」「子供を巻きこむのが辛い」という恐怖と苦痛を抱えている。術前化学療法中に母親としての役割を思うように果たせなかったことから、術後内分泌療法を受けたくないと思い始めた。
絵本作家として充実した毎日を送っていたところ、乳がんを発症。病気に対する嫌悪感が強く乳房全摘術を希望した。術後内分泌療法開始後、関節痛から処方薬を一度変更している。その後、下肢のむくみの左右差に気づきエコー検査を受けた結果、深部静脈血栓症が見つかり経口抗凝固薬の服用を開始。内分泌療法は継続して問題ないと説明を受けたが、指の関節痛で絵筆が思うように持てないフラストレーションに血栓症が加わり、もうどんな薬も飲みたくないと薬剤師に訴えている。
再発や増悪への不安を訴える患者さん
抗HER2療法の再開前に、自身で関連文献を調べて、より有効性が高いとされるレジメン(国内未承認)に変更して欲しいと担当医や薬剤師に強く訴えていた。国内での治療が難しい場合は海外の医療機関へ紹介して欲しいと言っていたが、夫の説得もありしぶしぶ抗HER2療法を再開した。その後、不眠症状を訴えるようになり、抗不安薬を就寝前に服用しているが、熟睡感は得られていない。
多発性骨転移と診断され、CDK4/6阻害薬+アロマターゼ阻害薬による治療開始後1週間で激しい下痢を経験。CDK4/6阻害薬服用2時間後に下痢を催すが、仕事中はトイレに行けず、顔面蒼白を指摘されることもしばしばあった。止瀉剤を頓服で服用し下痢を抑えることにより治療を継続することができ、治療開始後1年9ヵ月経った現在、腹部症状は整腸剤のみでコントロールできている。骨転移による痛みはないまま経過しており、現在は3ヵ月ごとに受診している。しかし、乳癌を患った実母ががんの治療に苦労し、70歳を待たずに亡くなった経過を見ていたため、自分の今後にも不安を感じている。
周囲の意見に影響されて、自己判断で治療を中断した患者さん
乳癌肝転移再発と診断され、アロマターゼ阻害薬+CDK4/6阻害薬による治療開始後、3日目から1日3回の下痢を経験。治療開始するときに処方された止瀉剤を2回使用したが改善せず、自己判断により止瀉剤の使用を中止した。その後も下痢が継続したため、次女に相談したところ、CDK4/6阻害薬治療の継続を強く反対された。このことでFさんの治療継続の意欲は低下し、自己判断によりCDK4/6阻害薬の服用をやめてしまった。
仕事との両立に悩む患者さん
治療開始前から抗がん剤による脱毛や吐き気などの副作用発現の可能性に不安を示し、医師や看護師、薬剤師から治療についての説明を聞いて涙を流すほどであった。また、職場や家族から休職をするように勧められたり、治療により出勤日数が少なくなってしまったりすることから、治療と仕事の両立が難しくなっていることにも不安を感じており、薬剤師がメディカル・ソーシャル・ワーカー(MSW)の介入を依頼している。
参考:乳がんの治療方針
乳がんは、がん細胞の性質によって、薬の反応性や増殖する力の強さなどが異なります。乳がん細胞を、性質を示す指標(ホルモン感受性・HER2過剰発現・がん細胞の増殖能力:Ki-67)によって5種類に分類したのがサブタイプ分類です。薬物療法は、サブタイプに応じて適切な治療が選択されます。薬剤選択については各種診療ガイドラインおよび各薬剤の添付文書をご参照ください。
<参考資料> 国立がん研究センター がん情報サービス