事例を基に学ぶ!乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーション
仕事との両立に悩む患者さん
症例の情報
症例
Gさん、40歳。事務職(パートタイム)
家族構成
実父母との3人家族、子どもなし。
症例提供:昭和大学 薬学部 病院薬剤学講座/昭和大学横浜市北部病院 薬剤部 縄田 修一先生
コミュニケーションのポイントは…
1.患者さんの抱える課題
Gさんの課題は、治療における副作用の心配や、職場や家族の意見、仕事を休むことで家族にかかる経済的負担の懸念などの複数の問題がある中で、Gさんはどうしても仕事を続けたいと思っており、不安の整理や意思決定に時間がかかってしまっていることです。
Gさんは起業をするために転職しましたが、すぐに乳癌と診断されました。治療により週1〜2日しか勤務できず、会社からは休職(無給)を勧められています。さらに、母親もGさんには治療に専念してほしいと休職を望んでいますが、Gさんは無給になることで家族に経済的負担を強いることを気にかけています。そして、なによりもGさん自身は起業に向けて仕事を頑張りたいと、治療と仕事の両立を強く望んでいます。しかし、元々副作用に対して不安を抱いていたために、職場や家族からの意見にとまどい、治療と仕事の両立はできないのではないかと思い悩んでいます。
課題を見極めるポイント
- 患者さんは治療の全体像や治療で起こり得る副作用について理解し、治療と仕事の両立について、具体的なイメージができていますか?(治療開始前、または治療開始後に確認)
- 患者さん自身は病気や治療に対しての受け止めができていますか?
- 患者さんの仕事はどのような就業形態・雇用形態ですか?(会社員か自営業か、フルタイムかパートタイムか、正規雇用か非正規雇用か、会社の規模は大企業か中小企業か、など)
患者さんの仕事の状況を把握することで、治療によって仕事へどのような影響があるかを説明しやすくなり、治療と仕事を両立できるように調整しやすくなります。ただし、患者さん自身が病気や治療に対しての受け止めができていないと仕事の話をすることも難しいため、場合によっては治療開始後に治療と仕事の両立に悩みを持ち始めてから話をする方が聞き入れやすくなることもあるので、患者さんに合わせたタイミングで話をしましょう。
課題の解決をうながすコミュニケーション
- 治療中はずっと具合が悪い状態が続くと想像している患者さんは多く、予定を変更したり仕事を辞めてしまったりすることがあります。化学療法の説明をするときは、まず治療の全体像の話をするとよいでしょう。例えば3週間で1サイクルの治療であれば、「最初の1週間は体調が悪いことが多い」「2週目から体調が改善し、3週目は比較的元気に過ごせる」など、患者さんにとってどのような3週間を過ごすことになるかを伝えます。その流れで「お仕事はどうされていますか」など仕事の状況や治療との両立における悩みを聞き出すようにしましょう。
- 患者さんが大企業に勤めている場合、会社側で必要書類の手配などの対応をしてくれることがあり、問題なく治療と仕事を両立するケースが多いです。一方、勤め先が中小企業の場合や、就業形態がパートタイムや派遣社員、また自営業の場合では、患者さん自身による対応が必要となることがあります。患者さんの就業形態・雇用形態などを鑑みてMSWと連携しましょう(保険調剤薬局の場合は病院のMSWに相談することを勧めてみましょう)。
- がん患者における休職中の経済的負担を軽減する傷病手当金制度の認知度は4割程度にとどまり、また、約4割の人が公的支援制度に関する情報収集を自分で行ったという調査報告があります1)。公的支援制度の情報を得るだけでも、患者さんの負担軽減につながる可能性があります。専門的な知識を持つMSWの介入が有用な場合があるため、必要に応じて相談をしてみましょう。
2.薬剤師だからできること
薬剤師が患者さんの仕事や生活に関する話を聞くときには、副作用や支持療法薬の服用方法などの切り口で情報を引き出していきましょう。その中で、「お仕事はどうされていますか」などと伺い、仕事の内容を少しずつ深く聞いてみると患者さんも話しやすくなります。治療日に投薬を受けることで仕事にどのような影響があるのか、勤務時間や通勤時間、病気休暇の有無などを聞き取り、治療スケジュールや体調に合わせた調整ができるのかなどを確認し、必要に応じて医師や看護師、MSWと情報を共有して、必要な支援をチームで考えましょう。保険調剤薬局で相談を受けた場合は、病院のスタッフと情報を共有してよいかを患者さんに確認し、病院側へ情報提供を行いましょう。
薬剤師の立場から対応を提案する
- 支持療法薬を用いた治療については、体調を上手にマネジメントし、生活や仕事への影響を最小限にすることが大切です。支持療法薬をどのように、どのタイミングで用いるかなどの治療スケジュールや、副作用の発現時期を考慮して仕事をどのように調整し、両立できるかを一緒に考えていきましょう。また、患者さん自身が、職場の上司や同僚に自分に起こり得る副作用について説明するケースも多いため、患者さんが非医療者に伝えやすい内容で副作用を説明することも心がけましょう。
- 治療開始前だけではなく、治療を始めてからも「お仕事の状況はどうでしたか」などと聞くことで、治療と仕事が両立できているかを確認できます。うまく仕事と両立できている様子であれば、「良かったですね、頑張りましたね」など、患者さんの頑張りを労い、認める言葉をかけることで、患者さんの励みになります。うまく体調のマネジメントができていない様子であれば、支持療法薬の使い方や種類の見直しのきっかけとすることもできるでしょう。
病院の医療チームと情報を共有する
- 病院スタッフだけでは病気や治療の話をすることで手一杯になり、仕事の状況まで確認することができない場合があります。治療における副作用の話と関連付けて仕事の状況などを保険調剤薬局の薬剤師が確認することで、病院で拾いきれなかった患者さんの問題や意向を聞きだすことができるでしょう。治療と仕事を両立する上で必要な治療の全体像や副作用について指導し、それに合わせた支持療法薬の適切な使用方法について改めて確認を行い、必要に応じて「トレーシングレポート※」を介して病院の医療チームと情報を共有するようにしましょう。
- 雇用や手当などの話で専門知識が必要になる場合は、「病院にMSWという専門家がいるので、相談できないか聞いてみてください」と勧めていきましょう。
※「服薬情報等提供料2」は、薬剤師が必要性を認めた場合または介護支援専門員からの求めがあった場合に算定が可能です。ただし、すでに「かかりつけ薬剤師指導料」等を算定している場合は、二重の算定はできません(2024年度診療報酬改定時点)。
精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)からのアドバイス
治療開始の段階では、患者さんは治療の全体像についてイメージをつかめていないことが一般的です。そのため、治療中どのように生活し、どのように仕事に取り組むかという具体的な行動につながらないため不安を感じます。
この場合は、まず優先順位を一緒につけることが重要です。具体的には、最初に治療に慣れ、次に生活を整え、その上で仕事との両立を考えていくなどの整理をすることになります。優先順位がついていないままMSWと仕事の相談だけをしてもうまく取り組めないことがあります。
経済的負担に悩む患者さんの場合、公的支援制度を受けることができる場合があります。しかし制度に関する情報を知らない患者さんも多く、適切な支援を得ることなく治療を進めている場合があります。 公的支援制度に関する情報を収集すること自体も、倦怠感などの副作用が強い場合には患者さんにとって大きな負担となるかもしれません。余裕のある段階でMSWへの相談を提案したり、患者さんへの情報提供を行うことは患者さんの負担を解消するための大事な取組みです。
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科 先端医療開発センター/精神腫瘍学開発分野 小川 朝生 先生
※本コンテンツは乳がん患者さんとの円滑なコミュニケーションを行うためのヒントを提供するもので、特定の製品や治療法を推奨する意図はありません。
治療法および各薬剤に関しては乳癌診療ガイドライン、各薬剤の添付文書をご参照ください。
参考文献
1)土屋 雅子ほか. 癌の臨床. 2017; 63(5): 461-468.
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