事例を基に学ぶ!乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーション
乳がんの転移・再発後、自分の行く末に不安を抱きつつも自覚症状の訴えが少ない患者さん
症例の情報
症例
Eさん、48歳。音楽教室の先生(40歳のときにstageⅢAの左乳癌と診断)
家族構成
夫と2人暮らし、子どもなし。
症例提供:相澤病院 がん集学治療センター化学療法科 中村 久美 先生
コミュニケーションのポイントは…
1.患者さんの抱える課題
Eさんは多発性骨転移後の治療開始時には薬の副作用による下痢に悩まされていました。1年9ヵ月経った現在では、落ち着いてはいるものの、週に1回は下痢の症状があります。仕事柄、困ることもありますが、治療開始直後ほどは症状が強くないため、自発的に言い出すことはありません。しかしながら3ヵ月という長期処方のため服薬フォローアップが手薄となり、 副作用や骨転移による痛みなどの症状に対して早期に対応ができない可能性があります。さらに、母親を同じがんで亡くした経験があるため、自身が再発したことで、自分はどうなるのか、どれくらい生きられるのかといった自分の行く末について漠然とした不安を抱いており、メンタル面での課題もあります。
点滴治療に比べて、患者さん自身で服用する経口薬は比較的容易に『飲まない』という選択をすることができます。したがって、服薬フォローアップにて状況確認をしていくことが重要です。 Eさんの場合、副作用による関節痛および下痢の悪化が起こった場合や、薬物治療を継続していても病状が進行した際に、治療を継続することの意義自体に疑問を抱くことで 服薬をやめてしまうリスクがあります。そのため、服用する意義や副作用の発現時期、副作用への対処法などを初回だけではなく、適時伝達することで理解してもらいつつ、問題があったときにはすぐに医師や薬剤師に相談するよう促すことが大切です。
課題を見極めるポイント
- 思いつめた顔をしている、表情が曇っている、会話が少ないといった様子はありませんか?(いつもはしっかりとした服装だったのに汚れなどを気にしていない、体型が変化しているなどの外的変化も含む)
- 治療の継続に疑問を感じていたり、今後に対する不安を抱いていたりする様子はありませんか?
- 治療薬にどのような副作用が起こる可能性があるか理解していますか?(理解できていない、忘れているなど)
- 病状進行による体調不良が生じていませんか?(痛み、倦怠感などの他、通常生活でできていたことができなくなるなど)
副作用の自覚症状があっても仕事などにより痛みなどの症状を我慢しなくてはならない環境にある場合、患者さん自身が服用する意義を理解し、納得しておかないとアドヒアランスが確保できない可能性もある ので、丁寧にコミュニケーションを取る必要があります。また、Eさんの場合、子どもがおらず頼れる人は夫だけであるため、悩みを抱えきれず精神的に苦しんでいるかもしれないことから、服薬フォローアップを行う保険薬局薬剤師のアプローチが重要です。
課題の解決をうながすコミュニケーション
- リラックスして話をしてもらえるよう、「何か最近始めたことはありますか」「ちゃんと眠れていますか」など気軽に話せる内容でコミュニケーションを取りましょう。すでに処方されている薬の指導や副作用の話から始めるのもよいでしょう。Eさんの場合、年齢的に更年期に関わる話にも興味があるかもしれません。もともとは話好きだったのに、聞かれたことに手短に答えたり、あまり会話が広がらなかったりする場合は精神的な落ちこみがある可能性を考えます。
- 服用時間が異なる薬がある場合は、食事の時間や食べる回数を切り口として聞き出していきましょう。通常の食事量からの変化や毎日服用することに対する抵抗感など、生活に紐付いた質問から始めていきましょう。
- 転移・再発乳癌の患者さんでは、術前・術後の化学療法でつらい経験をしていないかを確認するために、「今までにお薬で副作用のご経験はありますか?」「今までにお薬で苦労されたことはありますか?」などとお聞きしましょう。副作用の経験を聞き出しつつ、話しているときの表情などをうかがい、言葉の裏にある不安に気づき寄り添うことが重要です。
- 周術期の乳癌と比較して転移・再発乳癌では、患者さんが無理なく治療を継続することがより重要になります。患者さんがどのように病気を受け入れているか、大事にしていることは何かを会話の中から感じ取り、患者さんのQOLを低下させないよう、必要に応じて薬の服用量の調整が可能であることを伝えましょう。また、副作用によるつらい状態を回避して長く治療を続けることは、患者さんにとって自分らしく過ごせる時間を長くする ことができるというメリットがあることを伝えましょう。
2.薬剤師だからできること
患者さんは病院で薬の効果などについて、ある程度聞いていることが多いため、薬局ではいかにきちんと飲んでもらえるか、いかにセルフケアをしてもらえるかが大きなポイントになります。「医師からどんな話を聞きましたか?」ではなく「病院ではどんなお話がありましたか?」と聞くと、医師以外に薬剤師や看護師からのフォローについても聞き取れ、さらに患者さんの治療に対する理解も深まります。患者さんがどの程度質問に答えるかで、患者さんの考え方や精神状態も見えてきます。患者さんが何を大切にしているかという価値観を理解し、それに合わせた総合的なベネフィットを意識的に伝えていきましょう。
薬剤師の立場から対応を提案する
- 導入時の服薬指導において、不安に感じていることを引き出すには、「病院からの説明の中で何か疑問や不安に思っていることはありますか?」「このお薬についてどのように思われていますか?」と直球で聞いてもよいでしょう。導入時に、いつ、どのような副作用が起こる可能性があるかを伝えておくことで不安が軽減されます。
- 薬物療法による症状だけでなく、原疾患による症状の聞き取りも行いましょう。たとえば、転移による痛みであれば、「普段の生活の中で困ったこと、とくに痛みなどはどうですか」など、服薬以外の話題の一部として確認していきましょう。
- 頓服薬を使用していれば、「いつ、どこで、何を、なぜ、どのように」に沿って話を聞き、患者さんが適切に使えているかを確認します。 下痢や皮疹など、唐突に出る副作用症状 に対して、薬以外の手段として食事や運動など日常生活で工夫していることを聞き出すのも手段の一つです。
病院の医療チームと情報を共有する
- 患者さんからの自発的な訴えを待つだけでは、骨転移による痛みの症状を見落とす可能性がありますので、問いかけをするなど、工夫が必要です。また緊急性が高いと判断する症状について聞き取れた場合は、速やかに病院の薬剤部や主治医へ連絡を取りましょう。
- 副作用がない方、または患者さん自身でフォローできる場合は長期処方管理にすることで、患者さんの通院負担を減らすことができます。長期処方にすることで病院による薬学的フォローが薄くなりがちなところを、保険調剤薬局の薬剤師が電話によるフォローアップを小まめに行うことで患者さんをサポートし、治療に影響を与えるような重要な情報を得た場合は「トレーシングレポート」※1で処方施設と共有していきましょう。ただし保険調剤薬局からの電話フォローアップは次回受診までに1~数回に限られます。副作用をいち早く発見し、対応することは重要であり、限られたフォローアップを補う有効な手段の一つとしてePRO※2の活用が医療機関で検討されています。ePROを活用することで、医療従事者は患者さんが自覚した体調をタイムリーに把握することができます。また、患者さんにとっては、病院を受診しない間もフォローしてもらえる安心感につながります。
※1「服薬情報提供料2」は、薬剤師がその必要性を認め、患者又はその家族等の同意を得た場合において、算定が可能です。ただし、すでに「かかりつけ薬剤師指導料等」を算定している場合は、二重の算定はできません(2024年度診療報酬改定時点)。
※2患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)を電子的に収集する方法をePROと呼びます。アプリやWebページ上で患者さん自身が主観的な健康状態の報告を行います。規制上は、臨床データの電子的収集システムの一種として位置付けられており、各種の規制要件に準じたシステム開発および運用が求められます1)。
精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)からのアドバイス
進行がんの治療において、患者さんは治療や生活面での不安、副作用がありつつも、担当医や看護師、病院の薬剤師に話していないことは珍しくありません。その理由には、「病院は治療の場なので、生活のことや気持ちのことを話すところではない」と捉えていたり、「担当医に話そうと思っても診察時間が短くて話せない」であったり、薬剤師も看護師も「忙しそうで、声がかけられなかった」など様々あります。どうしても病院という場は、生活とは距離があり、普段のちょっとしたことを気軽に相談できる場にはなりづらいのが実際です。
一方で、生活のちょっとしたことではありながらも、それがあちこちと積もったり、じわじわと続けば、その負担は相応に大きくなります。負担を感じればアドヒアランスも低下します。一見ささいなことであったとしても打ち明けることのできる保険薬局の存在は、生活の場と治療をつなぐ重要な接点になります。
気軽に相談できる場 は、患者さんにとって心強い存在です。普段の生活の状況を、患者さんの言葉で確認することで、患者さんの目線で見た副作用の現れ方を病院に伝えることもできます。 また、何気ない会話の中から、本人が病気をどのように捉えているのかをうかがうこともできます。本人にとって大事なことは何か、価値観や意向を共有することで、本人の望む治療やケアの方向性を知ることもできます。是非、病院薬剤師や担当医と共有をお願いいたします。
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科 先端医療開発センター/精神腫瘍学開発分野 小川 朝生 先生
※本コンテンツは乳がん患者さんとの円滑なコミュニケーションを行うためのヒントを提供するもので、特定の製品や治療法を推奨する意図はありません。
治療法および各薬剤に関しては乳癌診療ガイドライン、各薬剤の添付文書をご参照ください。
参考文献
1)厚生労働省科学研究班開発 患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)使用についてのガイダンス集
https://www.lifescience.co.jp/pro/article02.html
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