事例を基に学ぶ!乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーション
主治医とのコミュニケーション不足により副作用が見落とされる患者さん
症例の情報
症例
Aさん、72歳。専業主婦(71歳のときにStage Ⅳ の右乳癌と診断)
家族構成
夫(75歳、定年退職、Stage IV期非小細胞肺癌)と2人暮らし。 長男(48歳)、次男(45歳)は、それぞれ結婚、独立して遠方に住んでいる。
症例提供:国立がん研究センター東病院 薬剤部 川澄 賢司 先生
コミュニケーションのポイントは…
1.患者さんの抱える課題
このケースでは、夫の介護と本人の闘病という二重の負担を抱えています。内分泌療法の副作用と推測できる関節痛やこわばりが出現していますが、患者さんは「年齢のせいだ」と考え、夫の化学療法の副作用を思えば、この程度の痛みは我慢しなければという気持ちがあります。
内分泌療法では手術や化学療法のように生命の危機にさらされるような副作用は少なく、検査データにも表れないことが多いため、患者さんは医師や看護師に理解されないという苦悩を抱えていることがあります。また、内分泌療法の副作用は、年齢によるものや更年期症状と複合的に出現するため、症状の原因を明確にしづらいといった特徴があり、これらの苦悩は症状の悪化とともにQOLを低下させる可能性があります。また、特に高齢者では関節の痛みのために外出の機会や歩く距離が減り、身体機能や精神機能の低下につながるリスクが生じるため、副作用が出やすい時期を考慮した上で、対策と指導を繰り返すことが重要です。
課題を見極めるポイント
- 椅子から立ち上がる動作がぎこちない、手足をさするなどの動作はありませんか?
- 会話の端々に「年齢だから仕方がない」「夫の看病が辛い」など、負担感や生活に支障がでていることを示唆する言葉はありませんか?
- 表情が乏しい、ため息が多い、集中力がないなど抑うつ症状の兆候が見られませんか?
こうした兆候が見られた場合、服薬が順調であっても隠れた課題があるかもしれません。残薬の確認や副作用の聞き取りだけでなく、生活の変化やちょっとした悩みがないか、次のポイントに沿って聞いてみましょう。
課題の解決をうながすコミュニケーション
- オープンクエスチョンで「今、一番困っていることや辛いと感じていることはなんでしょうか」と話のきっかけを作りましょう。
- 「眠れていますか?」「食事はどのくらい摂れていますか?」など基本的な事項を確認しながら、趣味や普段の生活の様子を伺うことで、手がかりを得ることができる場合もあります。「最近、腰をかがめると痛くて、料理をするのが辛い」「ずっと続けていた編み物ができなくなった」などの言葉が出たら副作用の可能性を考えてみましょう。
- オープンクエスチョンで浮かび上がった課題をクローズドクエスチョンで掘り下げていきましょう。「朝、手のこわばりがありますか?」「(自分の腰や肩、背中を触りながら)この辺が痛いことはありますか?」「急に汗をかいたり、のぼせることはありますか?」など、内分泌療法の副作用と関連づけた質問で副作用の発現の有無を確認していきます。
- 副作用と関連する課題が見つかったときは「主治医の先生や、看護師さんにお話ししていますか?」と確認してみましょう。
2.薬剤師だからできること
新規や切り替えで処方された薬剤がある場合は、服用を始める前に副作用の発現時期と生活への影響を踏まえた説明することを心掛けましょう。その際は、本治療の目的を患者さんにしっかり理解してもらうとともに、内分泌療法に関連する副作用が出た場合は、自己判断による休薬はせずに、まず医師や薬剤師に相談するよう、あらかじめ説明しておきましょう。
服用を開始した後は、アドヒアランスの確認と生活への影響に配慮した聞き取りを心掛けることが肝心です。生活に支障があると判断できる、あるいは自己判断による休薬の恐れがある場合は、速やかに薬剤師から主治医へ情報共有するとともに、「先生にお話しするのが難しいときは、看護師さんにお話しするといいですよ」と患者さんの背中を押すことも大切です。
薬剤師の立場から対応を提案する
- 内分泌療法の副作用について改めて説明し、現在抱えている症状が薬の副作用である可能性を患者さんに理解してもらいます。また、副作用が軽度であっても、我慢して生活を続けることで、転倒や思わぬ事故につながる可能性があることも知ってもらいましょう。
- 副作用の対処法として、薬物療法や非薬物療法があること、これらで対処できない場合は処方薬を変更できる可能性があることを伝え、主治医に相談するよう促します。
- すぐに主治医には相談しにくいということであれば、まず解決の糸口としてNSAIDsなど市販の消炎鎮痛薬や貼付剤を提案します。OTC医薬品を使用した場合は、次回の受診時に必ず医師に申告するように促します。
病院の医療チームと情報を共有する
- 「お薬手帳」や「トレーシングレポート」※を利用し、書面あるいはメ ル等で処方せん発行施設の医療チームと情報を共有します。
- 即時性・緊急性が高いと判断した場合は、速やかに病院の薬剤部や主治医へ連絡をとりましょう。
※「服薬情報等提供料2」は、薬剤師が必要性を認めた場合または介護支援専門員からの求めがあった場合に算定が可能です。ただし、すでに「かかりつけ薬剤師指導料」等を算定している場合は、二重の算定はできません(2024年度診療報酬改定時点)。
精神腫瘍医(サイコオンコロジスト)からのアドバイス
近年は高齢のご夫婦が揃ってがんの治療を受けるケースが珍しくありません。一般に高齢のがん患者さんは「良い患者であろう」とし、主治医の前では「ささいな(と思い込んでいる)」悩みや苦痛を話せない傾向があります。また、病院や薬局は個人的な困りごとを相談する場所ではない、あるいは相談をすることができない、と誤解している方もおられるので配慮が必要です。誰にも相談できないという孤独感は患者さんを次第に追い詰め、抑うつ症状や食欲不振、不眠などのリスクが生じます。
町の保険調剤薬局の薬剤師は、患者さんにとってより生活の場に近く、困りごとを安心して話せる存在です。薬剤師としての対処のほか、支持的・共感的なフォローアップを行い、患者さんが病気の治療に向き合うための生活環境を整える手助けを心掛けましょう。
たとえば、がん患者さんは介護保険を利用できることを知らないことがあります。介護保険など社会的支援を利用することで、がん治療による負担を軽減することができます。がんと長く付き合っていくには、無理をせずに続けていける生活のリズムを作ることが大切であると伝え、必要な支援を活用できるよう要支援・要介護認定、がん相談支援センター、メディカル・ソーシャル・ワーカーへの相談を提案するなど患者さんの個別性に合わせたアドバイスを行いましょう。
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科 先端医療開発センター/精神腫瘍学開発分野 小川 朝生 先生
※本コンテンツは乳がん患者さんとの円滑なコミュニケーションを行うためのヒントを提供するもので、特定の製品や治療法を推奨する意図はありません。
治療法および各薬剤に関しては乳癌診療ガイドライン、各薬剤の添付文書をご参照ください。
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