事例を基に学ぶ!乳がん患者さんと薬剤師のコミュニケーション
術後内分泌療法を受けたくないと訴える患者さん
症例の情報
症例
Bさん、48歳。介護福祉センター事務職(47歳のときにStageⅢ Aの右乳癌と診断)
家族構成
実父母、夫(49歳)、息子(7歳、小学1年生)の5人家族。
症例提供:相澤病院 がん集学治療センター化学療法科 中村久美 先生
コミュニケーションのポイントは…
1.患者さんの抱える課題
Bさんは術前化学療法中に、嘔吐している様子や脱毛の経過を子供に見せざるを得ませんでした。現在も末梢神経障害が残っているため、息子の工作の手伝いもままならず、もどかしい思いを抱えています。内分泌療法が始まるとまた違う副作用で苦しむ自分を見せてしまうのではないか、という不安で治療に前向きになれません。息子を「怖がらせたくない」気持ちと「子供を残して死ねない」という責務の間で1日の中でも気持ちが大きく揺れ動き、精神的に疲労困憊しています。
乳がんの診断と治療は患者さんの家族関係に大きな影響を及ぼし、特に子供を持つ患者では母親特有の困難が生じます。たとえば子供が未成年の場合、子供を抱えたがんサバイバーの母親は、子供のために頑張ろうと思う「母親としての役割」を持つ一方で、子供を残して死ぬ恐怖を抱える「患者としての役割」との両立の難しさから、がんを受容しきれずに苦しむことが報告されています1〜3)。
課題を見極めるポイント
- 予定されている内分泌療法についての説明を避けたり、逆に幾度も同じことを聞くなど必要以上に怖がっている様子はありませんか?
- 子育て中の患者さんで、「子供の成長を見届けられないかもしれない」「子供の世話ができない」など母親としての役割を果たせないことに対する不安や自を抱えている様子はありませんか?
- 落ち込んで涙をみせる一方、時に饒舌になるなど、抑うつと不安の間を行ったり来たりしていませんか?
子供が小さいときほど「患者」と「母親」の両立は難しく、時に子供の存在がプレッシャ になることがあります。子供に心配をかけたくないという思いから体調とは裏腹に明るく振る舞うなど、感情を抑制している可能性があります。このようなケースは、精神的に危機的な状況におかれたハイリスク患者であることを念頭にコミュニケーションを図りましょう
課題の解決をうながすコミュニケーション
- 術前化学療法や放射線照射後の生活について、副作用の影響を踏まえながら現在の生活への支障の有無を聞き出していきましょう。
- 子育てとの葛藤を抱えている様子があるときは、夫や同居家族との関係を含めて丁寧に傾聴していきます。
- 予定されている内分泌療法について医師からどのような説明を受けているのか、患者さん自身の言葉で話しをしてもらいましょう。その上で、理解度を確認し、必要に応じて説明を補足します。また、治療に関する説明の中で副作用、通院頻度や治療費など、一番不安な点やこれからの生活で困りそうな点について具体的に聞き出しましょう。
- 「(リンパ浮腫の)むくみも、だいぶ和らいできたようですね」など、改善された状況に気づく言葉を添え、不信感や不安をやわらげていきましょう。
2.薬剤師だからできること
患者さんの多くは「患者」であることを求められる病院という場から、無意識のうちに 刻も早く立ち去ろうとします。主治医への遠慮もあり、治療の説明に対し納得できない部分があっても「わかりました」と済ませることも少なくありません。その点で「保険調剤薬局」は病院という緊張する場から離れ、 息ついて薬の専門家を相手に情報を整理できる「適度な立ち位置」にあります。
また、保険調剤薬局では、初めて自分が服用する「内服薬」の実物を目にすることができるため、薬剤に対して自分自身にとってのメリットやデメリットを具体的に知りたいという気持ちが出てきます。治療の導入時の服薬指導と導入早期のフォローアップにおいて薬剤師の対応は非常に重要です。
薬剤師の立場から対応を提案する
- 安全性に配慮した服薬指導は重 ですが、不安の強い患者さんに対しては薬剤の有効性に加えて、患者さんの価値観に合わせた総合的なベネフィットを意識的に伝えるようにしましょう。子供と 緒に過ごす時間など、患者さんが大切に考えていることに関して今回の治療を受けることでどのようなメリットがあるかをイメ ジできるように伝えることが重要です。
- 焦燥感や不安、睡眠障害などの有無を確認したうえで、処方薬や非薬物療法での対応を提案しましょう。必要に応じて主治医や緩和ケアチームへの相談を促すことも必要です。
- 患者さんの社会的・個人的背景が、治療導入の障壁になったりアドヒアランス低下 因になることがあります。プライ
バシーに配慮しながら電話によるフォロ アップも活用し、十分な面談時間をとるようにしましょう。
病院の医療チームと情報を共有する
- 近年は外来化学療法が主流になっているため、病院薬剤師と保険調剤薬局からの情報がアドヒアランス維持、向上のために欠かせません。病院に比べて比較的想いを口に出しやすい保険調剤薬局では、生活上の困りごとや患者さんの本音をすくい上げやすいため、患者さんの治療に影響を与えるような重 な情報を得た場合は「トレーシングレポート」※を介して病院の医療チームと共有する意識が大切です。
※「服薬情報等提供料2」は、薬剤師が必要性を認めた場合または介護支援専門員からの求めがあった場合に算定が可能です。ただし、すでに「かかりつけ薬剤師指導料」等を算定している場合は、二重の算定はできません(2024年度診療報酬改定時点)。
精神腫瘍医(サイコオンコロジスト) からのアドバイス
お子さんがいる患者さんに共通するのは「母親(父親)としての役割」を果たせなくなるかもしれないという不安や恐怖です。特に母親は「自分ががんばればいい」とひとりで抱え込んでしまい、育児に多くの時間が取られて治療が疎かになりがちです。不安や抑うつ症状のために余裕が失われ、精神的に追い詰められる方も珍しくはありません。お子さんのためにも体調が優れないときは休息をとり、無理なく治療を続けられる生活のリズムを整えることが先決です。病気のことについて子供と話し合うことが必要な時もありますが、患者さん本人に余裕がない場合は、そうしたかかわりが負担になることもあります。無理に話し合いを促すのではなく、まずは患者さんの心が落ち着くよう治療のサポートをしていきましょう。
生活の場に近い保険調剤薬局では、病院では話しづらい本音や生活の状況を収集することができるので、服薬指導の際は、①普段の生活を維持できているかどうか、②今現在の生活リズムのなかで、全般的な体調はどうか、などを質問するようにしましょう。ご本人が「無理をしているかもしれない」と気付くきっかけになると思います。療養生活のリズムをつくるに際して同居家族の協力が得られない場合は、一人で背負い込んでしまわないよう第三者の助けを借りるよう促すことも必要です。
国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科 先端医療開発センター/精神腫瘍学開発分野 小川 朝生 先生
※本コンテンツは乳がん患者さんとの円滑なコミュニケーションを行うためのヒントを提供するもので、特定の製品や治療法を推奨する意図はありません。
治療法および各薬剤に関しては乳癌診療ガイドライン、各薬剤の添付文書をご参照ください。
参考文献
1) 唐 鈺穎ほか. Palliat Care Res. 2021; 16(2): 169-77.
2) 橋爪 可織ほか. 保健学研究. 2016; 28: 29 35.
3) 中山 貴美子ほか. J. Jpn. Acad. Nurs. Sci. 2020; 40: 279 289.
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